ヒュースケン日本日記 1855~1861 (岩波文庫)



ヒュースケン日本日記 1855~1861 (岩波文庫)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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昔、武士官僚 = 今、公務員官僚

 
一つの地味すぎる仮説として。

ヒュースケン氏が、なぜ攘夷テロリストに殺されたかって? なぜ彼は日本に好意的な感情をもっていたかって? なぜ彼の上官のハリス氏は彼の墓標に名前と生没年しか刻ませなかったかって? 
簡単なことだよ。女の問題だ。
日本の女を紅毛洋鬼の男に取られることへの深い憤りが、日本の攘夷の男達の感情の根源にあるんだよ。
いつの時代も、船員男達が長い船旅から上陸すれば、当然そこにはそれを迎える経済的事由のある女達や、それらを媒介することを商売にしている人々がいるんだよ。相手が日本人や中国人だけでなく西洋人も加わるというだけの事なんだよ。
でもそういった港市の巷では、単に商売的な関係だけでなく、素朴に真実の情心の関係が形成される場合もあるんだよ。
国際港湾都市的な多重文化性に不慣れだと、そういったことはドメスティックな男達にとっては耐え難いこととなるんだよ。無論、アジア人からすれば無神経なある種の西洋人達の振る舞いへの嫌悪感や反発もあるだろう。それが超ペイトリオッを形成せしめていくんだよ。「国家の独立」だの「民族の誇り」だのといった能書きは一種の美辞麗句の面があるんだよ。
そして、実は、そのことは、昔だけでなく、目立たなくなってはいるが潜在的に現在の事でもあるんだよ。
うんと簡単に言えば、「日本の女を横取りするガイジン男は許せない」・「ガイジン男と結婚する日本の女は理解できない」…。
日本を愛した外国人が日本人に暗殺されるという皮肉

合衆国大使ハリスの通訳として幕末の日本を訪れたヒュースケンの日記。1855年10月25日にニューヨークを出発してから1861年1月8日まで、途中幾度か途切れながらも航海の日々と日本での滞在生活を綴った貴重な史料で、ヒュースケンは最後の日記を書いてすぐの1861年1月15日に、何者かによって暗殺されている。

日記はおおまかに、二つに分けられ(意識して分けた、というより、自然と気持ちや感じ方が異なってきたのだろう)、前半は主にニューヨークから、ポルトガル(常春の島・マデイラ)、アフリカ(喜望峰)、インド、タイ、香港、などに寄港しながら日本へ来るまでの船の旅と、様々な土地での人との出会いが叙情豊かに描かれており、さながら旅行小説のような雰囲気。

後半は、日本に来てから、条約締結に奔走する日々について簡潔にまとめている。大使と日本側の代表との間で苦労しながらも徐々に日本に愛着を覚えていく様がわかる。自分たちが、日本に対して悪いことをしているのではないか?と苦悩する姿も垣間見られ、単なる史料とは片付けられない力がある。当時の日本で、数少ない日本の理解者であった彼がよりによって暗殺という最期を向かえたのは残念だ。

(イラストつきなのも○)
外交折衝が主

ヒュースケン日本日記の1/3は、1855年10月にニューヨークを発ってから1856年8月に下田に着くまでのことで占められていて、当時の喜望峰、セイロン、バンコクなどの様子がわかる。

日本に到着してからは、主に日米修好通商条約の日本側との交渉に関して書かれている。そして1858年6月で日記は中断される。

1861年1月1日から日記は再開されるが、同年の1月8日で終わっている。その一週間後、ヒュースケンは暗殺されるのである。

日本の風物に関する描写は少ないが、当時の日本人を外交折衝と言うものを通して知ることが出来る。



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